
こんにちは、セージです。
今回は、私が女風をしていた頃、
“どんなふうに接していたか”について少しお話してみようと思います。
人と人との距離って、
言葉の数や触れ方だけでは測れないものだと思っていて。
だから私は、その人がどうありたいか、どう扱われたいかを
できるだけ丁寧に、さりげなく探るようにしていました。
たとえば、いきなり近づかない。
会話のテンポも、声のトーンも、その人に合わせて少しずつ。
“こちらが合わせること”から関係を始めるようにしていました。
「今日は、どうしたいですか?」
そう聞いたとしても、答えられない人もいる。
だからこそ、“なんとなく”の空気や、
視線、言葉の間、身体の動き…そういった小さなサインを、ひとつひとつ拾う。
触れるときも、触れないときも、
「選べる自由」を相手に渡すことを、常に意識していました。
「こうしたい」「こうしてほしい」って、
実は簡単に言えることじゃないから。
自分でも気づいていなかった気持ちが、
ふいに出てくる瞬間もあるんです。
だから私は、リードするようでいて、
実はずっと、相手の反応に身を任せていたのかもしれません。
「優しいですね」と言ってもらえることもありましたが、
本当はそれ以上に、相手が“自分に優しくできるようになる”ための時間を作りたかった。
触れた手が、触れ返されるその感覚。
見つめた目が、少しやわらかくなったとき。
それだけで、「この接し方でよかったんだ」と思えました。
一人ひとり、まったく違うけれど。
どんな人にも通じると感じていたのは――
“安心”の上にしか、快感も心の解放も生まれないということでした。
だから私は、
いつも「安心してもらうこと」から、始めていたんです。


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