
共働き世帯で必ずと言っていいほど議題に上がる
「家事分担の割合」
何故、僕の口からこの話題を書いてみようと思ったか。
それは家庭内の家事や清潔感が
男女の仲に亀裂を生む原因の一つとなっているからです。
女性が7割、男性が3割。
この数字は一般的家庭の家事分担の
割合として広く広がっている数字です。
このズレが生むのは、不満と疲弊だけです。
しかし、そもそも「何割やったか」を競い合う前に、
私たちはある大切な事実を忘れているのかもしれません。
それは、
「人によって『きれい』の基準も
『心地よさ』のポイントも、驚くほどバラバラである」
ということです。
「だらしない」か「心地よい」か——3つの景色

私の周りを見渡すと、家に対する価値観は実に多様です。
- ケース1:機能的な「出しっぱなし」
階段に洗濯物が置かれたままの家がありました。
一般的には「だらしない」と映るかもしれませんが、
住人にとってはそれがクローゼットへ
運ぶ前の最も効率的な動線であり、
その風景が「日常の安心感」になっていたりします。 - ケース2:独自の「秩序」
台所や居間の隅に、
中身の入ったゴミ袋が置かれている家。
はた目には「早く捨てればいいのに」と
思うかもしれませんが、本人にとってはそれが
「一時的な収納」であり、
床や棚さえ磨かれていれば、
そこは十分に「きれいな空間」なのです。 - ケース3:完璧な「美意識」
一方で、ホコリ一つ許さない友人もいます。
玄関にはセンスの良い小物が並び、
空気の香りまで整えられている。
「物が落ちていると落ち着かない」
という強い美学を持つ人にとって、
掃除は義務ではなく、
自分を保つための不可欠な活動です。
なぜ「数字」で話すとすれ違うのか
このように人それぞれ「心地よい基準」が違う中で、
「私は〇%やっている」と数字を出すのは、
実はとても危ういことです。
自分が主役である以上、
自分の苦労は100%見えますが、
相手の苦労は想像でしか補えません。
数字で誇示することは、
相手がその人なりの基準で頑張ったことを否定する
結果になりかねないのです。
「相手がやらない」と憤る時、
実は「自分の基準を相手が満たしていない」ことへの
不満が混ざっていないでしょうか。
解決案:
不満が芽生える前に、さっさと終わらせる

今の時代の家事は、愛の証明でも、
どちらが偉いかを決めるゲームでもありません。
私たちが健やかに過ごすための「環境管理」という仕事です。
日本には「女性がやるもの」という
古い価値観が残っていますし、
男性の方が「清潔さ」への優先順位が
低い傾向にあるのも事実かもしれません。
しかし、そこに報酬を求めたり
(それは多くの家庭では現実的ではありません)、
相手を変えようと躍起になっても、
ストレスが溜まるだけです。
私の答えはシンプルです。
「不満を感じる前に、やる」
昨今は共働きが当たり前。
どれだけやったかなんて言わず、
文句が出る前にさっさと終わらせてしまいましょう。
嫌なことは相手に押し付けたい気持ちもわかります。
でも、結局は「自分たちの心地よさ」のために
やることなのです。
結論:家事は「自分たち」への投資
家事を「淡々と終わらせるべき仕事」と捉えつつも、
その根底には「お互いの心地よさを尊重する」
という視点を持つこと。
文句を言いながら嫌々やる1時間より、
無心で片付けてパートナーと笑って過ごす1時間の方が、
人生における価値は圧倒的に高いはず。
不満の種を探すのをやめて、さっさと終わらせる。
その先に待っているのは、
誰かに強制された「きれい」ではなく、
**二人が本当にリラックスできる「最高の居場所」**です。

暮らしのノイズを消して、
二人の「安心感」を確保した先に、
私はもう一つの大切なテーマがあると考えています。
それは、大人だからこそ楽しめる
**「身体の深いコミュニケーション」**です。
私はセラピストとして、
日々の生活を整えたその先にある
「心身の解放」についても勉強させていただいてます。
少し踏み込んだ内容になりますが、
私の活動の一端に興味がある方は、
こちらのレポートもあわせて読んでみてください。

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